フリーのプログラム言語HSPによる、
文字情報主体のシンプルで自由度の高い野球ゲーム
「テキストスタジアム」を制作中です。

ss2012.png

◆ 2012/11/1 ◆
「トライアル版 」HSPプログラムコンテスト2012 に応募しています。

公開予定の選手データに、
ニコニコ動画ででこるんさんが公開されている、
「東方野球in熱スタ2007」の設定をお借りしています。
※コンテスト応募版は東方野球のデータではありません。

2010年07月05日

探訪その5 ゲーム作家、黒田幸弘さんの会社・ミューズソフト株式会社のウェブサイト編

クロちゃんこと、黒田幸弘さんをご存知でしょうか?

鈴木銀一郎さんと並んで日本のボードゲーム・シミュレーションゲーム界の発展を支えた人物であり、野球ゲーム関連で話をするなら、知る人ぞ知る育成要素付きのRPG風野球ゲーム「パワーベースボール」の作者です。

→パワーベースボールのファンサイト「Power Baseball Park」へ

しかし、私が黒田さんを知ったきっかけは「パワーベースボール」ではなく、中高生の時分、よくテーブルトークRPGをやっていた頃に、RPGを題材にした黒田さんのコラム、エッセイをまとめた単行本「クロちゃんのRPG見聞録」、「クロちゃんのRPG千夜一夜」を読んだことでした。
RPGのみならず、中世の歴史にまつわる薀蓄など、幅広い雑学を豊富に詰め込んだ内容で文体もおもしろく、何度も読み返したものでした。
そういえば、私が実際のRPGに触れる前に読んで、予備知識を蓄え興味を募らせた「D&Dがよくわかる本」も黒田さんの著作でした。

他にも、黒田さんを意識して買ったわけではありませんが、私がけっこう気に入っていたファミコンのRPG「魍魎戦記MADARA」のゲームデザインにもかかわっておられるそうです。

また、私は直接、遊んでいないのですが、ボードゲームの「超人ロック」は伝説の名作としてアナログゲーム界にその名を轟かせており、「天下統一」シリーズなどパソコンゲームも手がけられています。

ミューズソフト株式会社は、そんな黒田さんが興された会社であり、今回の「探訪」で取り上げさせていただくのは同社のウェブサイトです。

が……、
今から10年近く前の2001年9月8日を最後に更新は停止しており、中身もあちらこちらがリンク切れになっている状態です。

私がネット環境を手に入れた最初の頃、サイトのBBSに書き込みをして黒田さんのレスをいただき、「おぉっ! 黒田幸弘から返事をもらえたよ! インターネットってのは、なんかスゴイなぁ……」と感動を覚えたものでしたが、そのBBSも現存していません。

私が初めてミューズソフトのサイトを訪れた当時から、トップページには
※ お知らせ
ミューズソフト株式会社は、近日、社屋を引っ越す予定です。
このサイトに関しては、特に変更はありません。

とありますが、この記事を書いている現在に至るまでも「変更」はなく、まさに時間が止まっています。

現在、黒田さんがいかなる活動をされているのか、そもそもご健在なのか、私も少し検索などしてみましたが情報を得ることができませんでした。
「RPG千夜一夜」の挿絵など、黒田さんとコンビを組んで活躍されることの多かったイラストレーターの中野豪さんは既に鬼籍に入られたようで(あの独特の絵が印象深い……)、黒田さんもお若くないことを考えると「もしや……」などと思ってしまいます。

→ミューズソフト株式会社のウェブサイトへ

どなたか、黒田さんの消息、現在のご活動などをご存知の方がおられましたら、厚かましいようですが教えていただけたりすると嬉しいです。

一応、シリーズっぽくやっている「電脳空間廃墟探訪」ですが、とくにブログ記事のためのネタ探しはしない方針ですので、次回があるかどうかはわかりません。

最後に、
「パワーベースボール」、実際にゲームをしたりルールを読んだりすることはできていません。
私があと、ほんの少しだけ早く野球および野球ゲームの魅力に気付いていれば、入手することもできていたはずなのですが……
伝説のゲーム「超人ロック」、昔、近所のおもちゃ屋で見かけて、なんとなくおもしろそうだと手に取ってみたことがありました。
あの時、買っておけばよかったなぁと思ってみたり……
posted by うずランド at 21:46| Comment(6) | TrackBack(0) | 電脳空間廃墟探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月24日

探訪その4 "そして鷹は、西へと飛んだ"編

「電脳空間廃墟探訪」第4回。
前回までと趣向を変えまして、創作系以外のサイトをひとつご紹介させていただきます。

甲子園で売り子のアルバイトをしていた際、私は南海ホークスの帽子を被っていました。

私が小学生時分、プロ野球に興味を持ち始めた頃、意識して応援(特別に何かするわけでもありませんが)するようになった球団がロッテオリオンズであったことは何度か書きました。
その当時からロッテと並んで少なからず注目していたのが、大阪球場を本拠地としていたグリーン軍団・南海ホークスでした。
単純に緑系の色が好きだったという理由もありますが、ロッテに負けず劣らずの渋さに魅力を感じていたものでした。

私が観始めた当時、既に南海は野村克也選手兼任監督が去って久しく、毎年のようにBクラスで最下位争いをしている状態でした。
そして、そんな現状を打破する期待を背負って、故・杉浦忠監督が就任したわけですが成績は上向くことなく、ついに1988年に身売りが決定したことは皆さんもご存知のとおりです。

"そして鷹は、西へと飛んだ"は、そんな南海ホークス最後の三年間について、ホークスの応援団員だったという砂川光朗さんという方がまとめられたファンサイトです。
開設は平成13年、最終更新は平成17年の9月9日。
当時の写真が数多くアップされていて、文章からはホークスへの愛が滲み出ています。

「弱小南海」の守護神だった井上をはじめ、中条、デビッド、小川、若井、山本、岸川……などなど、私の記憶に残る鷹戦士たちの姿、それもプロのカメラマンが撮ったものではないが故の郷愁(?)を感じさせる写真群。
初めてこのサイトを訪れた折、時間を忘れて見入ったものでした。

ただ、惜しむらくはコンテンツの半分以上が「鋭意制作中」のまま、更新が止まってしまっていることです。
この人の書かれた、南海にまつわるエピソードをもっと読みたいと思わずにはいられませんでした。
「最後の三年間」を語る上で、重要な部分であるはずの「なぜ、南海ホークスは消えたのか?」、「激動の『身売り騒動』と、その顛末」についても、内容は一文も書かれていません。
思い入れの強さ故に、なかなか納得のいく文章をまとめることができなかったのでしょうか?

さて、ところで前述した当時の選手写真の中には、巨人で代打の切り札として輝きを放っている大道典嘉選手の姿もあります。
聞くところによると、大道が南海のユニフォームを着た選手の中で、現在では唯一の「生き残り」だそうです。

故・杉浦監督の「行ってまいります」という言葉を残し、大阪から福岡に飛び立ったホークスの晩年。
その未完のレポートをぜひ一度、ご覧くださいませ。

→"そして鷹は、西へと飛んだ"へ

2010年4月25日追記。
サイトの管理者である砂川光朗さんは「フリージャーナリスト」を名乗って、様々な活動をしておられるようです。
ライフワークのザリガニ研究や、野球帽のコレクションなどでは何度もマスメディアに登場されています。
上記のザリガニにまつわるサイトは今年の4月17日に更新があり、完全にネットの世界から離れておられるわけでもないようですが、"そして鷹は、西へと飛んだ"を含む趣味的活動のサイトを集めた"悟理庵"にはリンク切れも多く、やはり現在は旺盛に情報発信をされていないものと思われます。

ただ、野球帽の展示など興味深い内容ばかりで、さらになんといいますか、「濃い野球ファン」が野球について語ると、よくも悪くも感情的で自分の意見・主観ばかりを強く推した内容になりがちですが、砂川さんの書かれた文章には微塵もそんなところがなく、意図的に「濃いキャラクター」を前面に出している節があるにもかかわらず紳士的であり、博識で雑学に詳しいのに嫌味がない、読んでいて気持ちのよいサイトでした。

砂川さんは「人と和し、人を傷つけず、社会性を持った常識あるオタクでありたい」と述べられていますが、まさにそれを実践した内容であると感服させられました。
私もネット上に限らず、他人様の目に触れる文章を書くにあたって、そういう姿勢は見習っていきたいと感じました。
ラベル:南海ホークス
posted by うずランド at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 電脳空間廃墟探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月13日

探訪その3 "げむぷろ 〜クロスファイア公式サイト〜"編

今回、ご案内させていただくのは"げむぷろ"。
"クロスファイア"という同人RPGのサイトです。

私がこちらを知ったきっかけは、HSPの参考書籍にサンプルゲームの一つとして"クロスファイア"が収められていたことでした。
つまり、このゲームは私の"テキストスタジアム"同様、HSPによって作られている作品なのです。
HSPのプログラムコンテストにも入賞されています。

"クロスファイア"は現代の日本が舞台。
高校生の主人公たちが、人知れず悪霊と戦っていた謎の女性に出会ったことから、非日常的な冒険に巻き込まれていく……というストーリーです。
ゲームの特徴としてはタイムゲージを用いたリアルタイムの戦闘と、敵にとどめを刺すことでパワーアップする「成長する必殺技」の存在が挙げられます。

私は結局、最初の方しかプレイしていませんが、とても丁寧に作られているゲームだという印象を受けました。
偉そう&上から目線で恐縮ではありますが、複数のメンバーが制作に関わっておられるためか、敵キャラのグラフィックの画風が一定しておらず、「よくできてるけど、一見してアマチュアの作ったゲームだな」と感じられてしまう点が少し残念でした。

私はこのゲームに初めて触れた時、前述の戦闘システムに見られるようなこだわりはあるとしても「どうしてRPGツクールなどを使わず、わざわざHSPで基本となるシステムから作っていったのだろう?」という疑問を持ちました。

その答えはHSPプログラムコンテストのサイトにある、げむぷろの代表ろっきゅんさんのコメントにありました。
「メンバー全員が何のスキルもない状態から、
よくぞここまでこれたものだなあと感慨深いです」

「この作品から『何もない状態からでも、有志を集めてまとめあげれば、ここまで作れるんだよ』という想いが伝わり、次回コンテスト参加者の一層の励みになればと思います」

げむぷろの皆さんがやりたかったのは、ジュブナイル的なストーリーを描くこと以上に「自分たちでゲームを作ること」それ自体だったのでしょう。
考えてみれば、私の野球ゲームにしたところで、わざわざ素養のなかったプログラミングに手を出して、パソコン上で動くものを作ることは必ずしも必要ではないのかもしれません。
しかし、それでも私は「自分の野球ゲームシステムを作る」こと以上に「パソコン上で動く、私が遊びたいと思える野球ゲームを作る」活動に重きを置くことで、制作を続けるやりがいを見出せています。

げむぷろは"クロスファイア"一作にとどまらず、将来的に様々なゲームを作っていく展望があったのかもしれません。
しかし、おそらくは学生だったメンバーが社会人になられたことで制作は中断、"クロスファイア"も前編のみで完結には至っていません。
特別に近況報告や活動休止のコメントなどはないまま、2005年12月19日の「公式ページリニューアル」を最後にサイトの更新は停止しています。
月日は流れ、かつて"クロスファイア"を制作された方々もそれぞれの道を歩いておられるのでしょう。

→"げむぷろ"へ

さて、「電脳空間廃墟探訪」も三回目となるわけですが、前回と前々回、そして今回までが、もともとこの企画をスタートさせたら取り上げさせてもらうつもりでいたサイト様になります。

もしかすると「廃墟探訪」は今回で一区切りをつけることになるかもしれません。
別に「この企画はもういいや」という考えになったわけではないですが、なんといいますか「ネタ探し」のためにネット上を徘徊するようなことになったりするのは、個人的にあまり好ましくないと思えるのです。
もっとも、また何かの偶然で、ネットの海のどこかにある「時間が止まったサイト」にたどり着き、私が何らかの感慨を覚えるようなことがあればご紹介させていただきたいと考えています。

それでは、次回は未定ではありますが、今回はこれにて失礼します。
posted by うずランド at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 電脳空間廃墟探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

探訪その2 "2006年江戸川乱歩賞をめざすblog(ブログ)"編

「廃墟探訪」の企画を自分の中で暖め始めたきっかけは、今回ご紹介させていただくブログを発見したことでした。

"2006年江戸川乱歩賞をめざすblog(ブログ)"。その名の通り、4年前の乱歩賞をめざしておられた、作家志望の方のブログです。

2006年2月1日に、結局その年の乱歩賞に応募しなかったこと、仕事や生活環境に伴う心境の変化など、まとめとなる旨の記事を書かれて「このブログはいつまで存在させておくかはわかりません。このままずっとここにおいておくのは、どうかと思うので、いつかは削除しますが、しばらくは考えよう」との言葉を残し、現在は事実上、放置状態であると見受けられます。
サイドバーに設置されたタイマーには、私がこの記事を書いている時点で「江戸川乱歩賞の〆切まで、あと-1523日です」と表示されており、止まらない時の流れを物語っています。

私もまあ、真剣さや実際に努力した度合はさておき、人生の目標として「作家志望」を自覚していたことのある人間です。
ですからブログで語られている、何らかの賞に照準を合わせて作品を準備しようとすることや、もっと大まかに「仕事を中心とした日常生活の中で執筆を続けること」自体に対する心境には大いに共感させられたものでした。
管理人のじゅんさんは地方の文学賞を受賞された経験もあるそうで、その筆致は生々しく、前述の理由を抜きにしても引き込まれずにはいられませんでした。
とくに、じゅんさんは既婚者の方なのですが、夫の夢に対して協力的に尽くしてくれる奥さんに対する感謝、そして済まないという感情の吐露は胸に迫るものがありました。

最後の記事には、
「私が小説を書かなくなる日など訪れはしないのだ」
「来年の乱歩賞に応募する可能性はある」

という言葉があり、
一方で、現実の仕事の方で会社から評価され、
「うまくいけば、今の会社から出資してもらって会社を一つ作れそうだなと真剣に考える。小説家になるより社長になるほうが、こんなに簡単だなんて想像もしなかった。小説に費やしてきたこれまでの10年を振り返ってみて、そのエネルギーを事業に注ぎ込んだら、かなりの事業家になれるような気がしてくる」
ということも述べておられます。
また同時に、
「私はただ単に、仕事で認められることに飢えていただけで、真に社長になりたいわけではない。やはりめざすは小説家であり、その通過点は乱歩賞だ」
という言葉を残されてもいます。

現在、じゅんさんがどのような日々を過ごしておられるのか、何らかの形で執筆を続けておられるのかはわかりません。
今はただ、じゅんさんとそのご家族の幸福をお祈りしつつ、今回の結びとさせていただきます。

→2006年江戸川乱歩賞をめざすblog(ブログ)へ
ラベル:江戸川乱歩賞
posted by うずランド at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 電脳空間廃墟探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

探訪その1 "RolePlaying Eleven"編

とりあえずスタートさせてみた「電脳空間廃墟探訪」。
企画の詳細につきましては昨日の記事をご覧下さい。
→昨日の記事へ

さて、記念すべき第1回は、自主制作によるサッカーゲーム"RolePlaying Eleven"を中心としたチョコポさんのウェブサイト、"チョコポの裏技"を取り上げさせていただきます。

"テキストスタジアム"を作り始める前、フリーソフトの世界に似たようなものが既に存在していないか、いろいろとリサーチしていたものでした。
そんな折、スポーツが題材のゲームという括りの中でたどり着いたのが、今回に取り上げさせていただく"RolePlaying Eleven"のウェブサイトでした。
が、しかし……、初めて私が足を踏み入れた時、既にサイトは更新休止が宣言された後でした。

さて、何度もここで申し上げております通り、私は子供の頃から野球ゲームに並々ならぬ愛着を持っていました。
↓こんな選手カードを自作して、オリジナルのシステムなんかも考えたりしました。

orgcg02.jpg

ただ、自分のそういう趣味と、そこそこ現実的な将来の夢みたいなものをつなげて考えることはできませんでした。
"熱闘12球団ペナントレース"からモデルチェンジした"THE BIG野球"も二年限りで途絶え、また私が学生の当時、テーブルトークRPGやらカードゲームやらが少しだけブームになりかけたような時期だったのですが、なかなか商売として成り立たせるのが難しい……といった話を聞いたりして、実際、盛り上がりきらずにブームの火が消えていく様子を肌で感じたりもして、現実的に冷静な判断をした結果なのかどうかはともかく、野球ゲーム方面の趣味を将来的な自分の進路と重ねて夢を見るようなことはなかったわけです。
で、もう少し「現実的な目標」として作家志望を掲げていたのですから、私の将来的な見通しとか現実的に冷静な判断なんてまあ、そういう感じのものだったんですけどね……

この"RolePlaying Eleven"の作者であるチョコポさんは、自分のゲームで将来を切り拓くことを考え、本気で夢を見て制作をされていたのだと思います。
フリーゲームを扱う雑誌に何度も収録されたり、ネットワークによるランキングを実装したり、「4ヵ年計画」と銘打ったプランの下、有言実行でステップアップを続けられていたようです。

ただ、作者の実情はわかりかねますが、やはりゲーム制作と現実的な仕事・収入を得る手段とが結びつかなかったのでしょうか?
フリーターを続けながらゲーム制作をしていることに対して「そんな暮らしを行っていた自分に嫌気が差し、自分の進路を見極めようと就職活動を行いました」と、当時の気持ちを述べられています。

その後、作者の方は念願叶って……なのかどうかはともかく、ゲーム制作に関係する企業に就職されたようで、それによってウェブサイトおよび"RolePlaying Eleven"の制作は休止状態に入らざるを得なくなったようです。

「世界標準のフリーサッカーゲームにしたい」
「ゲームの知名度を武器にスポンサーを募り、自らゲーム会社を設立したい」
そんな希望、野心、夢を追って、一人の人間が情熱の全てを傾けたゲーム制作活動……そして、その夢の終焉。
作者の方はサイトの休止後、個人による活動とは違う方向で、ご自分の夢を求めておられるようです。
最後の日記の文章からはそういう意味のことが読み取れました。

さて、私の場合を考えてみると、実は野球ゲーム制作を思い立った本当に最初の頃は、こだわり抜いたゲームを形にすることで、実利的なものはさておき、少しくらいはフリーゲームの世界で知名度を得られるのではないか? みたいな甘い希望を持っていたことがあります。
ただ、冒頭に書いたようなリサーチを少しやっただけで、現行のフリーゲームのレベルの高さを思い知りました。
また、自分の知識と技術(それらを習得することも含めて)では、こだわりどころか妥協に妥協を重ねてようやく実制作を進めることができるという現実に直面しました。

それでも、とりあえず将来的な展望とか、有形無形の「利益」なんて得られなかったとしても、私は"テキストスタジアム"を形にしたい、誰よりもまず私自身がこのゲームで遊びたいと思えるので、どうにか活動を続けることができています。

まあ、そんな私のことはともかく、"RolePlaying Eleven"の作者チョコポさんの現在、そして将来に幸多からんことをお祈りして、本日の結びとさせていただきます。

→"チョコポの裏技"へ
posted by うずランド at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 電脳空間廃墟探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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