フリーのプログラム言語HSPによる、
文字情報主体のシンプルで自由度の高い野球ゲーム
「テキストスタジアム」を制作中です。

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◆ 2012/11/1 ◆
「トライアル版 」HSPプログラムコンテスト2012 に応募しています。

公開予定の選手データに、
ニコニコ動画ででこるんさんが公開されている、
「東方野球in熱スタ2007」の設定をお借りしています。
※コンテスト応募版は東方野球のデータではありません。

2010年06月24日

ファーストメモリー 〜後編〜

奈良産業大学……

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10年以上前、私はここの学生だった。

作家志望を意識していた。
自分の文才を妄信していた。

ラジオ番組に送ったショートストーリーが放送で読まれたり、友人の小論文を口述筆記で代筆したり、些細なことで密かに自信を深めていた。
才能を裏書きしたつもりになっていた。

アナログゲーム関連のサークルに入っていた。
テーブルトークRPGが中心で、このブログで取り上げているような野球ゲームはあまりやらなかったけれど、一度、サークルの会誌に「野球ゲームへの招待」と題した紹介記事を書いた。

文芸関連のサークルにも入っていたが、長い分量の作品、たとえば何かの「新人賞」的なものに応募できるようなものは書けずじまいだった。
大学時代の友人・知り合いともすっかり疎遠になっているけれど、文芸サークルで出会った先輩とは現在でも親交が続いている。

それまでの中学や高校の頃とは比べものにならない程の「自由」を実感できた4年間だったが、結局はそれを有効に活用できなかった……ということになってしまうのだろうか?

子供の頃に戻りたいとは思わない。
嫌な思い出ばかりあるとか、ひどくいじめられていたわけではないけれど、小学校とか中学校とか、それに高校にだって、今からもう一度通ってみたいとは思わない。
いろいろと考え方はあるだろうが、子供(未成年)ってのは、何かにつけて不自由だと感じる。
社会に出て、とりあえず10年以上が過ぎた今、日々の仕事やその他に不平を垂れることも少なくないが、それでもやっぱり子供時分に戻りたいとは思わない。

けれど、奈良産に通っていた大学の頃にだったら、もう一度戻ってもいいような気がする。
何かをやり直したいと渇望しているわけではない。
もし現在の人格と記憶を持って大学の頃に戻れたら、今とは違う将来につながる有意義な学生時代を送れるかもしれない……といった非現実的かつ甘い考えもないわけではないが、「とにかく大学の頃って楽しかったし、別に『人生のやり直し』的な意味合いとか関係なく、戻れたら嬉しいかも」と単純に思える。

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左はJR三郷駅。私が通っていた頃に比べて、電車の本数は増えている。
右は駅から大学までの道中にあったゲームセンター……だった建物。
数年前、ふと思いついて奈良産を再訪した折には既に空き家になっていた。
ラベル:奈良産業大学
posted by うずランド at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球ゲーム制作に至るまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月23日

一日遅れの「前置き」

ニコニコ動画で観た、とあるゲームの実況プレイ動画をきっかけに、ちょっとしたブログのネタを思い付いたのですが、実際に記事を書いてみようとしたところ「画像があった方がいいかも」みたいな考えが浮かびました。
それで、先日の休みを利用して、その「取材」に出かけてきたわけです。

それほど遠出したわけではなく、もともと何らかのネタ(ブログだけに限らず)にできればと撮影してあったけど、結局そのまま携帯のフォルダに眠っていた過去の画像も流用できそうだったので、「いい機会だ」という発想に至ったのでした。
ただ、そんな「取材」と称して、ブログ記事のために明らかに普段の生活圏から離れたところまで繰り出して、休日の貴重な時間を割くのですから、これはいよいよもって私の「ブログ依存癖」も重度になってきているのかもしれません。

それで書いた記事が、昨日のアレだったというわけです。
→「昨日のアレ」を参照

実際に書き始めてみると、いきなり「一つ目のネタ」からしてまとまりがつかず、当初はまったく考えていなかったことを思い浮かぶまま、勢い(という程の勢いはありませんが)に任せてつらつらと書き進めるうち、一回分では収まらない分量に膨らんでしまいました。

それでいて「前編」には、書こうとしていた内容はほとんど含まれていない上、事前に考えていたものから明後日の方向に行っていることを自覚せざるを得ず……みたいな調子で、おそらくこちらを読んで下さっている方にしてみればどうでもよい煩悶に囚われて、そのままの流れで書き継ぐことに抵抗を感じるようになりました。

なんか過去の回想的な内容がいきなり始まったけれど、これこれこういう意図によるネタなんですよ、という説明を挟もうとして書いているのが今日の記事……ということになるのでしょうか。
もともと「前置き」を入れた上で始めるべきか迷った末、いきなりネタに入ってみたはいいけど今ひとつ調子が上がらず、一日遅れで挟もうとした文章もまとまりがつかず、いつもに増して支離滅裂かつ意味不明な内容になってしまいました。

ともあれ、昨日の続き的なものは明日以降に書かせてもらって、とりあえずは区切りをつけるつもりでおります。
posted by うずランド at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球ゲーム制作に至るまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ファーストメモリー 〜前編〜

奈良産業大学。
1984年に開校。
奈良県生駒郡三郷町に位置する私立大学。

阪神にドラフト1位で入団した、蕭一傑投手の出身校。
現役のプロ野球選手では、他に中日の山井、横浜の桑原も卒業生。
元阪神・近鉄の湯舟敏郎もOB。

あと、真偽の程は定かではないが、元巨人の上原が受験したこともあるそうな……

そんな奈良産大は私の母校。
ちなみに法学部出身。
あまり法律の勉強をした記憶はないが……

大阪の北摂に住んでいる私が、奈良の大学を受けようと決めた動機は一つ。
偏差値が低く、「とりあえずここなら受かるかも」的な発想があったから。

受験の時の思い出。
その当時、既に推薦入試で先に受けた大学が不合格という結果になっていた。

奈良産の受験の日。試験の合間の休憩時間。
トイレに行った。
必ずそうなるというわけでもないが、私は小用を足そうとして後ろに人が並ぶと、心理的な圧迫感を覚えて用が足せなくなることがあったりする。
受験の当日で大勢の人が集まっていたから、トイレも相応に混んでいる。
すぐ後ろに次の人が並ぶ。
圧迫感。
負けるものか、と思った。
小便をした。
勝った、と思った。
その瞬間、合格を確信した。
そして合格。晴れて現役で大学生になることができた。

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私が在籍していた当時、最寄りのJR三郷駅は快速が停まらず、朝夕の時間帯を過ぎると一時間に三本しか電車が来なかった。

キャンパスは山の上にあって、駅前から長い坂道が大学まで続いていた。
その日の講義を終えて下校することを、学生の間では「山を降りる」と言っていた。

入学した年、三郷駅のホームでサラリーマンの飛び込み自殺があった。

「楽に入れそうだから」的な、いかにもやる気なさげな動機だったとはいえ、勉強にはわりと真面目に取り組んでいた……と言えるかどうかはともかく、自分でもわけがわからないくらい通学の電車の中で英語の復習をやっていて、テキストの本文や和訳を暗記している程だった。
定期試験になっても、英語は取り立てて勉強する必要がないレベルになっていた。
おそらく当時の奈良産大で、最も英語の教科書を読み込んでいる学生だったのではないか。

が、しかし、
それは本当に「授業で使うテキストを暗記している」だけに過ぎず、そこから一歩も先に進むことはなかった。
一般的な意味での「英語力」は限りなくゼロだった。
暗記していた部分は、定期試験が終わればきれいに初期化され、次の「試験範囲」を読み込むことに腐心するのである。

一度、自発的に英語の勉強をしようと思い立ち、何か市販の参考書籍を買ったこともあったと思うが、ほとんど目を通すことはなかった。

何故、そんな勉強の仕方をしていたのか、教科書以上の英語学習に意欲を持てなかったのか、今となってはわからない。
そしてまた、今になって「もっと英語を勉強しておけばよかった」的な後悔は不思議なくらいにない。
自己分析するに「とりあえず教科書の内容以上のことはやらない。やらなくてもよい。オレが勉強するのは『英語の教科書』であって『英語』ではない」という限界を(無意識のうちに)設けることで、異様な程の(本当に異様としか表現できない程の)熱心さと持続力を発揮できたのではないか。

よい表現でないことは百も承知だし、ことさら「オレは危ない奴」的なアピールをしたいわけでもないが、当時の思考回路は何かこう「日常の狂気」じみたものに支配されていたように思えてならない。

後編につづく。

→奈良産業大学の公式サイトへ
ラベル:奈良産業大学
posted by うずランド at 01:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球ゲーム制作に至るまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月11日

「野球ゲーム制作」に至るまで その5

さてさて、本来、このブログを通じて発信していくことが目的であるはずの、私の野球ゲーム「テキストスタジアム」の話題から外れて、しかもまだゲームそのものは完成に至っていないというのに、拙い「所信表明」じみた記事ばかりをつらつらと書いてしまいました。

とりあえず、今回でこのテーマに区切りをつけますので、もう一日だけ私の「語り」にお付き合い下さい。

 その5 自愛

ここで私はひとつ、白状しておかねばなりません。
かなり昔、まだパソコンがマイコンという名称で呼ばれていた頃、ベーシックの初歩の初歩をかじったことはあるものの、私は今時のパソコン事情に乗り遅れており、プログラミングの素養はないに等しいです。

そんな私が何故、「野球ゲームのプログラム」なのでしょうか?

「ベストプレープロ野球」など既存のゲームを使ってもよいし、なんなら以前のようにサイコロでやるアナログな野球ゲームでもよいはずでした。むしろ、そうした方が手軽に始められるはずです。
それが何故、わざわざプログラムなど組もうというのでしょう?

私はここで白状します。
「それも含めて自己満足」なのだ、と。
どういう意味かといえば、要するにパソコン上で動くオリジナルの野球ゲームを作ることで、「なんかクリエイティブなことをやってる感」が欲しいだけなのです。

なりたい自分、自分を好きだと思える自分を目指す。そんな意味のことを書いてきました。
そうすることが、他人からも輝いて見えることにつながると思うからです。

大それた夢を見ても、それを実現するために力を尽くすことができず、ただ悶々としていたのがこれまでの私です。
単なる趣味に過ぎなかったとしても、この野球ゲームを形にすることができる自分ならば、私は自分を好きになることができます。誇ることができます。
そして、もしそんな自分になれたなら、周りの人からも少しくらいは輝いて見えるはずだと信じているのです。

だから、私はこの「野球ゲーム制作」を始めたのです。
他の誰でもない、自分自身をまず愛することのできる自分になって、残りの人生を粗末にしないために。
posted by うずランド at 20:58| Comment(0) | 野球ゲーム制作に至るまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

「野球ゲーム制作」に至るまで その4

 4 発起

やや話が脇道にそれていましたが、要するに私にとっての「なりたい自分」というのはズバリ、「物語を創造することのできる自分」であったというわけなのです。

自己満足はどこまで行っても自己満足なのかもしれません。しかし前述の「箱庭あそび」をライフワークの域にまで高め……いや、まあ横文字にすればいいというものではないでしょうが、だいたいそんな感じの活動を突き詰めていくことで、自分という人間は輝きを得られるのではないだろうか?

そんな、自分の好きなことをやり込むこと、そして、おそらくは収入だとか将来的な成功とかにはつながりそうもない、完全に趣味的な活動をいい年こいて始めようとすることを、私は自分の中でなんとなく正当化させていきました。

具体的な「活動」の内容は決まっていました。改めて思案するまでもなく、既に計画そのものは頭の中に、おぼろげながら出来上がっていたのです。もう、何年も前から。
そのうち機会があれば、こんな活動を始めてみたいと考えながら、たぶん永久に手をつけないはずだったであろうこと。

それは自分の脳内にのみ存在する架空のプロ野球リーグに血肉を与えることでした。
そのためにパソコン上で動く野球ゲームのプログラムをこしらえるのです。
他の誰でもない、自分自身を最高に楽しませることのできる「極上のおもちゃ」を作ろうというのです。

今から二十年以上前に出た「ユニヴァーサル野球協会」という小説があります。
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主人公は初老の会計士で、自身の考案した野球ゲームを使って架空のプロ野球リーグを運営しています。どこかにゲームを発表したり、他のプレイヤーと競い合ったりするためのものではなく、完全に自分一人の趣味の世界であり、ペナントレースの行方や野球世界全体の歴史を俯瞰して楽しんでいるのです。

ゲームはサイコロを使い、何十種類ものチャートを参照して進める精緻きわまりないもので、個々の選手にも詳細な人格が設定されています。
ルーキーとしてデビューした後、歳を重ねて引退すると、その後の人生や死に方までが描かれていくのです。

単なる野球の勝敗だけにとどまらず、主人公の頭の中には「もうひとつの世界」が構築されているのでした。

そこまで孤独な野球ゲームに没頭する、主人公の狂気じみた情熱をどう受け取るかは読者によって違うと思います。
ただ、その当時、中学生だった私は「自分も年を取ったら、こんな遊びを趣味にするのも楽しいかもしれないな」と感じたものでした。

いや、別に私は結婚話が流れたからといって、それでもう人生を儚んで、自分の趣味の世界に閉じこもって暮らそうというのではありません。
これは「自分という人間を立て直す」ため、選んだ活動の一つであると同時に、私の毎日の生活に興奮や刺激、そしてなぐさみを与えるための遊びなのです。

この機会に、私は趣味的なものの多くを「整理」しました。過去の、これまでの自分からふっ切れるために。

また違う話になりますが「自分を立て直す」一環として、ここ数年で太り放題に太りまくっていたのを改め、減量に取り組みました。
独自に試行錯誤を続けたダイエット術、そして思考法によって、約半年ほどの間で23sの減量に成功、その後もリバウンドせずに落ち着いて、現在ではピークから26s減(88s→62s)という状態で、肥満による睡眠障害もなくなりました。

……っと、まあダイエットの話はさておいて、そんな私が自分のこれからを支える指針として選んだ活動、そして心から楽しめそうな遊び。
それがこの野球ゲームというわけなのです。

あぁ……なんか、あんまり伝わってないかも。
いやね、別に素人の作る拙いプログラムのゲームで、具体的にどうこうしてやろうという野心とか功名心とかはないんですよ。

あくまでも、たんなる遊びでええのんよ。自分にとって。

ただ、なんというか、これはもう言葉にして伝えられる自信がないんやけど、自分のやりたいこと、発信したいことを突き詰めてやっていけば、自分という人間は輝きを得られるんやないかと、そんなふうに思うんですよ。
自己満足、というたら悪い意味しかないようやけど自分に満足できる人間いうのんは、すなわち自分に自信を持てるんやないか、と。

みんな、自分を誰かと比べて、いや自分を客観的に見ることは悪いこととちゃうねんけど、それで今の自分とか将来とかに自信が持てんようになって、果ては自暴自棄になってまう。
そうやって、人生を自分でぶち壊して、まわりにも迷惑かけてまうような事件とか最近、多いやないですか。
本当に自己満足のできてる人、心から楽しいと思えることを持ってる人やったら、そうはならんと思うんよ。

別に「自分を立て直す」ための活動とか言うて、野球ゲームだけやろうというわけやないよ。
他にもいろいろ、もう少し現実的なこともやっとるよ。
結婚にしても、まあ今回の話が流れたことで独居老人の道へ近づいた感はあるけど、もう結婚なんてどうでもええわとは思ってなくて、そういう縁を引き寄せるための努力はやっとるよ。
たぶん、ダイエットを成功させた原動力もそんな気持ちから来てると思うし。

要するに、そんな現実的に自分を輝かせるための努力(というほどの努力はしていなくても)とワンセットで、野球ゲームという遊びも自分にとって必要なもの……とりあえずそんなふうに解釈していただければ(誰に?)幸いです。
posted by うずランド at 20:50| Comment(2) | 野球ゲーム制作に至るまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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