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2014年06月18日

カルト映画「虹男」の原作小説を……!

たぶん、ものすごくマイナーな映画であるにもかかわらず、昔の大映系列の怪獣(要するにガメラ)映画や特撮テレビ番組を扱った子供向け書籍に載っていたり、「宇宙家族カールビンソン」に同名のキャラが登場したりと、少なくとも筆者の世代にとっては、なんとも微妙な知名度のある「虹男」


実際に作品を観たことある方の割合がどの程度なのかはともかく、2006年にはDVDも出ているようです。
※この記事を書いた時点で、少数ですが Amazonに在庫はありました。

実のところ、かなり前に Amazonのレビューを見るまで、この映画の原作が小説、それも探偵小説に分類される作品(著者・角田喜久雄)であることを知らず、知ったからといってすぐに「原作が探偵小説なら是非、読んでみたい!」という程の興味を持つでもなかったわけですが、先日、梅田の大規模書店に出向いた折、その手の小説の売場になんとなくひょっこり立ち寄って、絢爛たる大正・昭和レトロな探偵作家の面々が名を連ねる書棚の中、不意に目に留まったのが……、


こちらの一冊であり、同時に「虹男」のことも唐突に思い起こされたのでした。

手に取って、目次で収録作を一望してみると、書名の「底無沼」「恐水病患者」など、以前に読んだ記憶のある作品に加えて、全体の半ばあたりに「虹男」のタイトルも見えます。

ここ最近、やや探偵小説からは遠ざかっていましたが、この「出会い」には妙な興奮を覚え、ひとつ読んでみるかという気になりました。

そんな経緯で久しぶりに購入し、ページをめくり始めた探偵小説でしたが、私がこの手の小説に求める雰囲気が、どの作品からも色濃く感じられ、まだ見ぬ「虹男」への期待を高めてくれます。

これまで、作者については「名前を知っている」程度の認識しかありませんでしたが、どこか実話怪談的な不気味さを持つ「沼垂の女」、まさかの展開に意表をつかれる「下水道」などなど、私の琴線に触れる内容の短編が次から次に続き、角田作品のみならず、同様の探偵小説をもっと読んでみたい気持ちが高まって、自分の趣味趣向を改めて認識することが出来ました。

そうやって、一作一作を堪能しながら読み進め、「顔のない裸」を読了したあたりだったでしょうか。

ふと、思いました。
いや、それまでにも、なんというか違和感のようなものはあったのですが、それが強く自覚されたのです。

そろそろ、残りのページの厚さからして、本全体で最後の方にさしかかっている。
初めに目次を見た時、だいたい「虹男」の題名は中間くらいにあったはずだ。

しかしながら……
まだ「虹男」にはお目にかかっていない。

うっかり読み飛ばしているようなことは……ないはずだ。

!!??

一つの予測、あるいは「嫌な予感」がムクムクと膨れ上がります。

まさか……!?

恐ろしくも馬鹿馬鹿しい、錯誤の予感に衝き動かされて、私は今一度、目次のページを開きました。

そこに並んだ収録作の題名……
「あかはぎの拇指紋」、
「底無沼」、
「恐水病患者」、
「秋の亡霊」、
「下水道」、

そして……、「蛇男」!

あぁ、「蛇男」!!
「虹男」ならぬ、「蛇男」!!!!

私は初めから、「蛇」「虹」と誤認していたのです。

よく似た字面の作品だとは思いつつ、最初に読んだ際には、この錯誤に考えが及びませんでした。
「蛇男」というのも、まあ探偵小説や怪奇小説のタイトルとしては、わりと普通にありそうでしたから。

この機会に調べてみて、初めて知りましたが、そもそも「虹男」は短編ではなく長編でした。

前述の通り、短編集に収められた作品はいずれも好感触であり、楽しく読むことが出来ましたが、作品の内容から外れたところで、よもやこのような「どんでん返し」を食らうことになるとは……

※そんなわけで、非常に紛らわしい内容を書いてしまいました。もう一度、しっかりと明記しておきます。
作品集「底無沼」に、「虹男」は収録されていません。
同作をお探しの方は、この記事で勘違いされませんよう、ご注意下さい。


一応、原作本も Amazonにいくつか出品されていましたが、総じて安価ではないようです。

いやぁ、探偵小説って本当にいいものですね。
それではまた、ご一緒に楽しみましょう。
(謎の水野晴郎調)
posted by うずランド at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸川乱歩と探偵小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月25日

「奇面館の殺人」を読んだのを契機に、綾辻行人さんの魅力について書かせていただく。

ちょっと前、私としてはかなり久しぶりに現代作家の小説を読みました。

読んだ作品は綾辻行人さんの「奇面館の殺人」。この記事を書いている時点で、「十角館の殺人」から始まる館シリーズの最新巻にあたります。

好きな作家の一人に挙げて差し支えない程度には、館シリーズを中心に綾辻さんの小説をそこそこ読んでいる私ではありますが、必ずしもその全てが自分にとって、おもしろく大満足できる作品というわけでなかった一面もあります。

もちろん、私の琴線に触れまくったものは沢山あって、とくに日本推理作家協会賞を受賞した「時計館の殺人」のクライマックスで、探偵役の小説家・鹿谷門実がいよいよ真犯人と対決を始める下りでは、「これだよ! こういうのが読みたくって、オレは推理物を読んでるんだよっ!!」といった感じで、背骨にビリビリと電流が走り、脳汁が溢れまくるのを覚えて興奮したものでした。

私の非常に好きな種類のトリックが主軸に据えられた「迷路館の殺人」でもそうでしたが、僭越ながら綾辻作品の魅力というか特徴に触れさせていただきますなら、自分は「ミスリードの巧みさ」を第一に挙げたいと思います。
前述の「時計館〜」でも、時計館の舞台設定を考えれば、読んでいる最中に思い当たってもおかしくない、ある仕掛けに最後まで気が付きませんでした。

その一方で、これは単純に好みの問題になってしまうのでしょうが、個人的にそこまで感銘を受けなかった作品もわりとあります。

それでも、娯楽のための読書にあたって、現代作家の小説をあまり読まない性向の私が、散発的ながらも作品に触れ続けているのには理由があって、それは「推理ものというジャンルに対する、綾辻さんの真摯さと愛」を感じられるからに他なりません。

好きなものを好きであり続けることは、案外、簡単でなかったりするものですし、綾辻さんのように職業作家として業界に身を置かれ、キャリアを重ねておられる方なら、なおさら単純ではない部分も少なからずあるのではないでしょうか。

そもそも、私が綾辻作品に触れたのは、書店で何気なく手に取った短編集「どんどん橋、落ちた」の作品紹介に「明るく平和なはずの"あの一家"に不幸が訪れ、悲劇的な結末に言葉を失う『伊園家の崩壊』」という一文を見つけ、何となくおもしろそうな気がして購入したのが始まりでした。

「犯人当て小説」を標榜した作品集であり、意外な犯人・真相というか「そんなアホな!」とでも反応したくなる展開を、これでもかと盛り込んだ内容の一冊でした。
収録された短編群を読み終えての第一印象は「理屈っぽいところが多いな」というもので、「伊園家の崩壊」はとくにそれが顕著に感じられました。

私は叙述トリックが大好物なこともあり、前述の「意外な」真相は楽しめたものの、そこまで「やられた!」といった驚きは強くないな、というのが正直なところでした。

「伊園家の〜」の終盤で本格ミステリのルール的なことについて、あれこれと講釈を垂れる会話が続くのも、あの「真相」を提示するために必要な前振りだとは理解できましたが、どうも話の進め方として、なんといいますか「巧みさ」を感じませんでした。

そのような所感を持ったものですから、続けて綾辻さんの作品を読み進めることもなく、だいぶ間をあけて次に「十角館の殺人」を買ってみたのも、気まぐれによる偶然であったように思えます。
その「十角館〜」も、犯人の正体がわかった時の驚きはなかなかのものでしたが、探偵役の島田潔が名探偵然として謎解きすることを抑えて描写されていたことが、個人的に少し物足りなく感じられたものでした。

ところが、そのように必ずしも大満足な読後感を得られなかったにもかかわらず、私はそれ以降、「館シリーズ」を中心に綾辻さんの小説にちょくちょく手を出すようになるのです。
しかも、私が読んだ中で諸手を挙げて「おもしろかった!」といえるのは先ほども名前を出した「迷路館〜」に「時計館〜」、あとは「霧越邸殺人事件」「殺人鬼」くらい(「フリークス」もわりとおもしろかったかも)で、「ヒット率」はそこまで高くないというのに。
さらには、綾辻さんの関わっておられたプレステのゲーム、「YAKATA」と「黒ノ十三」がわりと残念な出来映えで(ゲームに触れた頃は、まだ綾辻小説を一作も読んでいませんでした)、作者の名前には必ずしもよい印象を持っていなかったというのに。

↑「霧越邸〜」は超常ホラーとミステリの融合。「フリークス」はホラーの皮をかぶった本格ミステリ。
そして、「殺人鬼」の暴れっぷりは、大乱歩の「盲獣」に通じる痛快さ!


ここらへんの事情は、私が大学を出て以来、勤めていた会社を辞めた当時で、プチ失業期間に入ってヒマがあった(と同時に気を紛らわす対象が欲しかった)時期であったことも大きく影響していたかもしれません。
ただ、作品に込められた作者の心意気とでもいうか、いや、もっと単純に推理もの(ホラーも読みましたが)に対する作者の真摯な愛情に感銘させられたから、という理由がやはり大きかったと考えるのです。

……などと書きましたが、もちろん実際に綾辻さんがプロの作家としてどのような姿勢で創作に取り組まれているか、また文筆業を続けられるにあたり、如何なる内面の葛藤、思考の変化のようなものが存在するのか、私にはわかり得ないことであります。
各作品の後書きやエッセイなどを通じて、推理小説に並々ならぬ思い入れがあることは繰り返し明言しておられますし、そこに無粋な詮索を入れるつもりはありませんが、「好きなことを仕事にする」こと、そしてそれを続けることには単純でない面もあるでしょうし、よしんば業界全体だとか取り組まれているジャンルに対して何か否定的な思いを抱かれたとして、それをそのまま吐き出すようなことはできにくい立場に……みたいなことも結局は想像の範疇を出ないわけですが、そんな事情の有無は実のところ、私にとってまったく無関係なのです。

私が一人の読者として綾辻さんの著作物を読み、「あぁ、この人は推理小説とか本格ミステリにすげぇ思い入れとか愛を持ってるな」と感じたこと、それによって強い好感を抱いたことが全てなのです。
だから、たまにイマイチ(あくまでも私個人の主観で)な作品に出会っても、この人が書いた本をまた読むのです。買うのです。

職業作家というものは、個々の著作物だけでなく、その著者名・存在自体がひとつの「商品」であるという感覚を私は持っています。
だから、もし逆に、別に特定の誰がという話ではないですが、仮に私があまり好ましく思わない著者がいるとして、その人物の本を買うことでフトコロにゼニを入れることは、できるなら避けたいという……まあ実際、そこまで嫌っている作家がいるのか、そこまで「不買」を徹底しているかはさておき、そういう考えも頭の隅にあって、読む本を選ぶのに影響を与えたりもするのです。

良識ある読書家の方々からは眉をひそめられそうな、そうした自分の読書姿勢(本の購入姿勢)、私に好感を抱かせる書き手の条件について、この機会にもう少し整理&補足をさせてもらいますなら、だいたいこういうことになるでしょうか……

・自分の取り組んでいるジャンルに対する「愛」を感じられる作家。
・あまりひねくれた態度ではなく、また同時に「立場的に否定的なことは言いにくい」という事情を超えて、その「愛」をストレートに主張していると感じられる作家。
・またそれが「とりあえず肯定的で前向きっぽいことを書いとくか」みたいに感じられない作家。


……主観的・個人的な「だいたいそんな感じ」といったことが全てですね。
改めて自分という奴がよくわかったような気がします。

きれいごとだけ並べてはいないけれど、「現実」とか「本音」を語る上で、「読んでいて(私が)嫌な気分にならない」作家……のみならず広義の表現者・発信者が私の最も好むところで、その著作物などをカネを払って読んだり、動向に注目したりする気にさせられるのでしょう。

思えば、私がニコ動で知って以来、このブログでも何度か話題(←過去記事参照)にさせてもらっている同人作家のよすどんさんも、そうした私がファンになる要素を強くお持ちであると考えられます。
東方キャラを使って同人活動の舞台裏的なことを描いた動画「同人王レームさん」、あるいは絵日記的な日常ネタの中でも、ちょっとシビアなことや創作を続けるにあたっての精神的な葛藤などを、重くなり過ぎずにいやみなく盛り込んでおられる作風に人柄を感じたものでした。

もっとも、娯楽のためでなく、単純に情報やノウハウを欲する場合なら「嫌いな」著述者のものに触れることはもちろんあります。

まあ、それはそうと、冒頭に述べました通り、「奇面館の殺人」の感想的なものをブログに書いてみようと思い立ち、通勤途中などの空き時間に筆をとり始めたのは(実際はポメラですが)まだ8月の末、暑さの残る時期でありました。
それが、作者の綾辻さんご本人について、私が思うところをあれこれ語らせていただくような方向に走り出し、加筆と修正を繰り返すうちに、気付けば9月も半ばに入っております。

分量もブログの一記事としては長く、内容を区切って分割してアップさせてもらうことも考えましたが、結局、適当な形に組み直すのもぶっちゃけ面倒になり、開き直ってそのまま公開することに……
まあ、小説というジャンルだけに限らず、どのような要素を持つ「作者」なら、私は思わずファンになってしまうのか? ということについての雑文でした。
ここまでお付き合いいただきました方は、お疲れ様でした&ありがとうございました。

……ところで、今回の記事を書くきっかけとなった「奇面館の殺人」ですが、個人的に「時計館〜」を読んだ時ほどのすさまじい衝撃には及びませんでしたが、全ての伏線が収まるべきところに落ち着き、熟練した書き手の巧みな技を堪能できる上々のパズラーでした。
また、奇面館でかつて行われていたかもしれない「儀式」のイメージは、ややきれいにまとまり過ぎていたきらいもあった本編に不気味な余韻を残す、絶妙の味付けであったと思います。
本格ミステリファンで未読の方、またあるいは単純に「おもしろい小説」を求めておられる方にお勧めの一冊です。
タグ:綾辻行人
posted by うずランド at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸川乱歩と探偵小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月10日

「谷崎潤一郎犯罪小説集」を読んでみた

かの大乱歩も大きな影響を受けたという、大谷崎の作品には以前から私も多大な興味を持っていましたが、これまで実際に作品を読んでみたことはありませんでした。

先日、大型複合商業施設内の書店前を通りかかった際、店頭の平積みされている文庫の中の「谷崎潤一郎犯罪小説集」なる一冊がふと目にとまり、反射的に内容を確認してみたところ、乱歩随筆でも名が挙げられていた「途上」が収録されているとのことで、これは好機であると考えて購入してみたわけです。



巻頭を飾る短編「柳湯の事件」が、いわゆる探偵役と狂言回しにあたる人物のもとへ、依頼人にあたる人物が現れて、なんだか説明のつかない悪夢の中の出来事のような体験を語り、その解明を求めるという、いかにも探偵小説的な構成でありながら事件の真相は……(ネタバレ回避のため割愛)……で、わりと素っ気なく事実が述べられて物語が収束する構成であったため、論理による謎解きが中心ではなく、書名にある通り「犯罪小説集」なのだと理解して読み進めました。

しかし、続く「途上」は探偵が犯人を、綿密な事前調査、平伏させるための準備を万端にした上で何気ない風を装って接触、いよいよ理詰めで追求していくクライマックスを切り取った一編、「私」はさらりとした叙述トリック(たぶん)の掌編と、まさに私の敬愛するレトロな探偵小説然とした内容であり、先述した冒頭の一編を読んで覚えた「あまり謎解き要素とかばかり期待し過ぎると、やや肩すかしを感じてしまうかもしれない」という印象はすぐに払拭されました。

そして、トリに収録された「白昼鬼語」は圧巻でした。
全体の構成もさることながら、物語前半で主人公とその友人が、殺人と死体処分の現場を隙見する場面の描写が素晴らしかったです。
こっそり節穴から覗いている、という状況の中、主人公の限られた視界の先に展開される光景は、凝ったカメラアングルの映像を見ているかのようでした。
適切な例えであるかはわかりませんが、実相寺昭雄監督の映像を連想しました。

そして、狂気じみた好奇心(猟奇心?)から深みに嵌り、破滅に向けて坂を転げ落ちていく友人の運命は……?
これ以上、具体的な内容には触れないでおきますが、私はあの結末が気に入りました。
ラストで切り取られる(これまた映像が浮かびました)、ある人物の仕草と表情の描写、すごくよかったです。

大谷崎と私を比べるなど、そもそもおこがましいのですが、自分が過去に小説を書く真似事をしていた頃、頭の中にハッキリと場面が浮かんでいるのに、それを文章によって表現することが叶わず、もどかしい思いをしたことが何度もありました。
「頭に映像が浮かぶ」文章のみが、最高の文章表現とは限らないのかもしれませんが、ここまで見事な「文章による映像描写」を目にしたのは初めてでした。

探偵小説的なものだけでなく、谷崎作品は多岐のジャンルに渡って存在していますが、また機会があれば是非、別の作品も読んでみたいと思います。

→ウィキペディアの作者紹介ページはこちら
タグ:谷崎潤一郎
posted by うずランド at 19:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸川乱歩と探偵小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月12日

乱歩作品きっての迷作「恐怖王」の少年向けリライト版である「恐怖の魔人王」を読んでみた。

ちょっと変わりダネな感じの探偵小説で、前々から興味のあった一冊を、ようやく実際に読んでみることができました。

その一冊とは、ポプラ社刊の「恐怖の魔人王」(著者・江戸川乱歩)です。
「怪人二十面相」から始まる「少年探偵」シリーズとして刊行されたもので、一般向けに書かれた「恐怖王」を少年向けにリライトした内容になっています。

majino.png
↑ゴリラ男のインパクトが強烈過ぎます。
そして、怪人の背後(文字通り)には「謎の女」が……


言うまでもなく、明智小五郎や少年探偵団が活躍する同シリーズは世代を越えて読み継がれており、まあ昨今の事情でいろいろと表現のあちこちに修正とかは入っているものの、現在でも書店に並んでいます。
ところが、今回の記事で取り上げさせてもらった「恐怖の魔人王」を含む、シリーズ後半にラインナップされていた何冊かは絶版となり、わりと入手困難な状況に置かれています。

乱歩作品や探偵小説の事情に明るい方なら、ご存知のこととは思いますが、同シリーズのうち本当に「乱歩オリジナル」なのは26巻まで。
27巻目の「黄金仮面」以降は、もともと少年向けでなかった作品のリライト版であり、しかも乱歩名義になっているものの実際の著者は別人だったりします。
年少の読者に配慮して、表現がマイルドになっていたりする部分もありますが、人殺しをしない二十面相が相手だったそれまでの巻と違って、猟奇的な犯人が殺人事件を起こしまくりですし、元作品の敵役を改変した結果、二十面相が人を殺している話もあります。
そして、現在のポプラ社版は、このリライト版が完全に削られてしまっているのです。

そういえば、過去にも同じような話題を書いていました。
重複する内容もありますが、よろしければご参照下さい。

→過去記事を参照

小学生の頃、まだ「オリジナル」も「リライト」も区別がつかなかった頃に数冊を読んだことはありますが、そのうち機会があればリライト版をじっくり読んでみたいと願っておりました。
その中でも、とくに読んでみたかったのが「恐怖の魔人王」でした。

だって……
ねえ……

元作品はあの「恐怖王」なんですよ!?
幾多の乱歩作品の中でも、最大級の「投げっぱなし感」で知られ、作者本人もつまらないと公言している「恐怖王」
そのリライト版に、果たしていかなるアレンジが加えられているのか?
どうやって結末をつけているのか?
大いに興味がありました。

……
…………
………………

主人公の作家が明智小五郎に置き換えられている他は、あまり変わっていませんでした。
そして、恐怖王ならぬ魔人王の正体は……
オリジナルよりも、ややはっきりと犯人を特定するような言い回しになっていると感じられました。

期待を裏切らない、実に粗雑な一作でした。
個人的には、もう少し無理矢理にアレンジされて、より支離滅裂になっていることを期待したりもしていましたが……


↑「恐怖王」を収録。

次は「一寸法師」のリライト版を読めたらいいかなと思っています。
posted by うずランド at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸川乱歩と探偵小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月09日

幻魔怪奇探偵小説「ドグラ・マグラ」をひとまず読了したので何か書こうと思ったけど、まだまだ作品そのものを理解するには至っていないので、適当に脇道に反れた内容でお茶を濁してみた。

ちょっと私用が立て込んでいたり、職場が残業続きで微妙に疲れが溜まっているのか、作業時間に充てようとしている朝の寝起きがよくなかったり、ゲーム制作の方は足踏みが続いています。

さて、7月から勤務地が変わり、モノレールで通勤するようになっているわけですが、以前に購入してから本棚の奥に積んであった小説「ドグラ・マグラ」を車中で読むようになって、先日にようやく読み終えました。

言わずと知れた「黒死館殺人事件(著者・小栗虫太郎)」「虚無への供物(著者・中井英夫)」と並ぶ、日本探偵小説三大奇書に数えられている、幻魔怪奇探偵小説の「ドグラ・マグラ」です。

結局のところ、一度やそこら読んだからといって、その全貌を理解するに至っているとは言い難いですが、読む前の勝手な私のイメージでは、もっと夢と現実がごっちゃになったような感覚が悪い意味で強く、悪い意味でわけのわからない作品のような先入観があったのですが、予想していたよりも話の展開(あくまで表面的な)はわかりやすく、逆に驚かされました。

ただ、「脳髄論」や「胎児の夢」といった作中人物の手による文章が、「これこれこういうことを主張した論文を発表した」というエピソードにとどまらず、内容が丸ごとそのまま挿入されている構成には底知れぬ迫力を感じました。

ところで、もうかなり昔の話になりますが、私が初めて自分で借りて観たレンタルビデオが、この「ドグラ・マグラ」の映画版だったりします。
原作を知らずに観たこともあり、内容は正直、理解できていませんでしたが、桂枝雀さんの演じられていた正木教授の印象だけは強烈でした。
その後、テーブルトークRPGでゲームマスターをやる際、拙いながら枝雀さんの口調を真似て「演技」したことが何度かあったほどです。

故・桂枝雀さんといえば、同時に印象に残っているのは「なにわの源蔵事件帳」なのですが、そのドラマに登場する源蔵の子分、イラチのヤスが操る捕縄術が非常に格好良く、これまた時代劇もののテーブルトークRPGを学生時代にプレイした際、捕縄術が得意な設定のキャラクターを作ったものでした……とまあ、今回も話が脇道に反れ始めたところでそろそろ失礼させていただきます。




→青空文庫の「ドグラ・マグラ」はこちら
posted by うずランド at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸川乱歩と探偵小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする